- 出井康博 ①『ルポ日本絶望工場』講談社+α新書2016
- 出井康博 ②『移民クライシス 偽装留学生、奴隷労働の最前線』角川新書2019
出井康博氏は、外国人労働者問題を幅広く取材しているジャーナリストである。2016年に書かれた①のタイトルは、鎌田慧氏の名著『自動車絶望工場』を意識したものだろう。鎌田氏の本は1970年代の日本人の季節工の劣悪な労働条件を告発したものだが、今やそれは外国人によって代替されている。①の冒頭で、帆立貝の生産で住民所得の上昇が話題になっている北海道猿払(さるふつ)村 (品川区より所得が高い北海道猿払村、ホタテ漁「公平な組織」で活力:日経ビジネス電子版 (nikkei.com)) の加工場の主力として中国人の実習生が働くシーンが描かれているのも、外国人労働力なしには日本人の生活が成り立たないという現実を再確認するためである。しかしそれに続けて、日本人の消費者が自分たちの生活の快適さを求めるために、自分たちの就労しない職種を外国人に頼るという構図が定着しているが、外国人の就労先としての日本の魅力が徐々に低下しつつある、という観測が加えられている。
出井氏は技能実習生、偽装留学生だけではなく、かつて日本の苦学生の象徴であった新聞配達員という職種も外国人(新聞奨学生)に依存していることについても継続的に取材している(第2章)し、経済連携協定(EPA)による介護労働者の流入についても取材し(第4章)、独自の分析もしている。特にフィリピンの介護士を受け入れるようになった理由は、日本での介護職の人手不足よりも、かつてのフィリピンパブ向けの「興行ビザ」発給停止の埋め合わせである、という指摘は強烈である。ただ、確かにEPA介護士は日本語での国家試験に合格するというハードルが高いために、思うように増加・定着していないのは事実である。
2019年の②ではさらに外国人労働者をめぐる諸制度の「虚構性」を告発するトーンが強まっている。週28時間の上限を超えてアルバイトを掛け持ちする留学生のルポは、最近ではしばしば紹介されるネタであるが、それを背後で支えている「日本語学校」「日本語教師」の実態にも触れている(第三章、第四章)。さらに第五章では人口減少によって廃校となった校舎を留学生向けの「日本語学校」などとして活用し、地域おこしに活用しようという最近よく聞かれる事例を取り上げている。第六章では、近年技能実習生数も留学生数も急増しているベトナムの「送り出しビジネス」を批判的に取り上げており、第九章では日本側の「ピンハネビジネス」の構造が解き明かされる。
出井氏のルポは、偽装留学生、技能実習生など最近話題の外国人労働者をめぐる過酷な労働条件を告発するものが中心だが、必ずしも無条件に「移民枠拡大派」というわけではない。①の第6章では「犯罪集団化する奴隷たちの逆襲」というタイトルで、外国人労働者による犯罪についても言及しており、移民懐疑派の懸念が根拠のないものでないことは示しつつ、それは今日の劣悪な待遇の「逆襲」でもあるのだ、と指摘する。そして①の最後にヨーロッパにおける「反移民」の動きを紹介したうえで、日本も「移民政策」に正面から取り組むことを求めている。その中で、バブル時代に大量に呼び寄せ、バブル崩壊後に「追い返し」さえした日系ブラジル人をはじめとする日系人の扱いを「総括」すべきであると主張している。この作業は、日本の「移民政策」確立のために必要な作業であることは間違いない。
外国人労働者増加の背景として、「高齢化、人口減少の日本では、外国人労働者なしにはもはや生活は成り立たない」という決まり文句が使われ、これを言われると反論するのは難しいように感じられる。しかし出井氏は、「日本人の嫌がる仕事を外国人に任せ、便利で快適な生活を維持していくのか。それとも不便さやコストの上昇を我慢しても日本人だけでやっていくのか」(①のp.8)という選択肢が存在することをあえて唱え、「私たちは今まさにその選択の岐路にいる」(同)のではないかと問いかけている。確かに、この問いを乗り越えない限り、日本人と日本国政府が「移民政策」に向き合うことはできないのである。
佐藤寛(2021/9/29)
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