第3回 風が吹けば桶屋が儲かる!? ~アマゾンの先住民族と熱帯雨林、新型コロナワクチン、食糧問題の意外なつながり~

世界の保健医療アクセス事情

2021年5月、アマゾンの先住民族に新型コロナワクチンを届けるため、NGOとパラ連邦大学の医師、看護師、ボランティアから成るチームが結成されました1。地球の裏側で結成されたこのチームが、私たちの生活にどう繋がっているか、少し考察してみたいと思います。

パンデミックの最中、アマゾンの熱帯雨林では

新型コロナウイルスの感染拡大で私たちの生活は大きな影響を受けた一方、世界各地では大気汚染レベル2,3,4や二酸化炭素排出量5などが一時的に改善し、地球環境にとっては明るい面もあったという研究報告もあります。しかしこの見方は、アマゾンの熱帯雨林では当てはまらないようです。

ブラジルの研究チームによると、2020年は岐阜県の面積よりもやや広い11,088km2の森林が消失したとされます(Fig 1参照)6。アマゾンにおける森林消失のピークは2004年で、2012年までは減少傾向にありました。しかし、その後は増加に転じ、2020年は過去10年間で最も多くの森林が消失した年でした6


Fig 1. アマゾンにおける森林消失面積の推移6

アマゾンの先住民族が直面したパンデミック

ブラジル行政区分上のアマゾン地域(アマゾン盆地に位置する9つの州、日本の国土面積の約13倍)には、170以上の部族、約50万人の先住民族が住んでいます7。先住民族が組織する団体COIAB は、2020年2~10月の32週間で25,356名の新型コロナウイルス感染者、670名の死者を確認しました7。人口当たりでは感染者数、死者数ともにブラジル国内平均の倍以上の数値であり、先住民族が特に新型コロナウイルスの影響を受けたことを示しています7

その後、現地の新聞報道によると、その後も増え続け2021年6月までの先住民族における新型コロナウイルスの累計感染者数は54,662名、累計死者数は1,087名に増えており8、人口の約10名に1人が感染、500名に1人が死亡したことになります。

ここまで感染が拡大した主な理由として、外部との接触機会が少ない先住民族は免疫力が弱く、また保健医療へのアクセスも脆弱であることが挙げられています7

先住民族の保健医療アクセスと森林破壊

脆弱な保健医療へのアクセスと、森林破壊との間には、直接的な関係があります。

このように述べるのは、冒頭で紹介した、アマゾンの先住民族にワクチンを届けるチームのAshley Emersonです1。保健医療へのアクセスを確保することにより、先住民族の人たちが生活の基盤を崩すことなく、その土地に住み続け、その結果として、外部者による違法な森林伐採や放牧を防ぐことができるというのです1。ブラジル側の責任者Erika Pellegrino博士は、「先住民族の人たちがワクチンを接種したいと考えている」と勝手に判断して、土地に押し入るのではなく、彼(女)らと丁寧なコミュニケーションを続けていくことが重要だ、と強調しています1

(インドネシアの事例ですが、スタンフォード大学の研究によると、ボルネオ島の自然保護区で保健医療アクセス向上に取り組んだ結果、10年間で70%の違法伐採が減少したとの報告があります9。)

ブラジル政府は、ファイザー製、アストラゼネカ製、シノバック製など、様々な種類のワクチンを確保しています10。2021年9月19日現在ブラジルでは、全人口の69%にあたる1億4640万人が1回以上のワクチン接種を受け、38%の約8,050万人はワクチン接種が完了しました11。これは世界平均と比べ、決して悪くない数値ですが、日本の約13倍の面積を有する広大なアマゾン地域で、特に先住民族に限ると、ワクチン接種スピードの遅れが指摘されています12

先住民族の人たちに対する公衆衛生の向上と、環境保護との関係は、これまであまり着目されてきませんでした9。今後、研究者や国際社会による更なる議論が待たれるところです。MINNAでは、先住民族など外国人以外の脆弱な人たち13に対する取り組みも学んでいきたいと思います。

アマゾンの森林破壊の原因とは

さてそもそもですが、アマゾンで森林伐採はなぜ起きているのでしょうか。

アマゾンの森林伐採には、豊かな国の食生活が大きく関係しています。伐採後の土地は木材利用だけでなく、放牧や大豆畑に転用され14、そこで育った農林畜産物は、外国に多く輸出されています。牛肉は中国、EU、中東など15、大豆は日本に輸出されるものもあります16。アマゾンの森林破壊は、ブラジルだけの責任でなく、その背後には世界中の人たちの膨大な食需要があると言っても差支えないかもしれません。

話は少し飛躍しますが、EUとブラジル(含むメルコスール4カ国)の間で、自由貿易協定を結ぶことが2019年に政治合意されました17。関税が撤廃されると、より多くの農林畜産物が南米からEUに輸出されることになります。経済的に大きなプラス効果が期待できる一方で、ドイツやフランスからは、アマゾンの森林破壊がより悪化するのではないかという環境上の懸念もあり、2021年現在、協定の発効には至っていません18。美味しいものを安く大量に手に入れるという現在のフードシステムは、便利な一方で、地球環境にはマイナスの側面もあり、アマゾンの森林破壊はほんの一例といえるでしょう。

健康的な食事は、私たちの体だけでなく地球環境にも優しい!?

現在、世界では約10人に1人(8億人)が飢餓で苦しむ一方19、5人に1人が食生活習慣を原因として死亡しています20。17%の食糧は廃棄され21、これは世界の飢餓を救うために必要な食糧の4倍にも及ぶと言われています22。2050年までに世界の食糧需要は35-56%増加するという予測もある中23、地球環境に配慮しながら、食糧を持続的に届けるには、食糧生産から供給、そして消費に至るフードシステムを早急に変革していく必要があると議論されています24

フードシステムが地球環境に与える影響としては、森林破壊だけでなく気候変動もあり、原材料調達、生産、加工、輸送など、すべての過程を含めると、温室効果ガスの3分の1が、食に由来していると言われています25。特に、動物性食品は環境負荷が大きく、生産の過程で植物性食品と比較して多くの温室効果ガスを排出します(Fig 2)26,27


Fig 2. 1kg当たりの食材を生産するために排出された温室効果ガス(CO2換算)26,27

その中でも牛は、ゲップに含まれるメタンガス、飼料や放牧のための土地や森林開発、大量の水使用など、環境への負荷が特に大きいと指摘されています(Fig 2,3参照)26


Fig 3. 牛と地球環境との関係(筆者作図)

(牛も飼料の配分によって、メタン排出を減らすことができます33。また「メタンの排出が少ない牛」など、環境負荷を減らす研究も、国内外で進められています34,35。)

また、現状のフードシステムが地球環境にもたらす影響は、気候変動に留まらず、窒素やリンの流出、水質汚染、そして生物多様性の喪失なども挙げられています24,28

私たちの健康にも、地球環境にも優しい食事を。

2019年にイギリスの医学誌LancetとEAT財団は、Food Planet Healthというレポートを発表しました24。このレポートでは、食糧廃棄を半減させること、そして人間と地球の両方にとって優しい食生活(Fig 4参照:植物由来の食品摂取を増やし、動物由来の食品や糖分の摂取を減らす)を送ることを提案しています24


Fig 4. 健康的な食事パタ―ンと現在の食事パターンとのギャップ24

(赤肉、炭水化物の摂取量を抑える必要がある)

偶然か必然か、地球環境に優しい食事は、私たちを健康にしてくれます。食物由来の食品からは食物繊維や栄養素が摂取でき、動物由来(魚は大丈夫です)の食品を減らすことで飽和脂肪酸のとりすぎを抑えます36。こうした食生活を送ることで長期的には、肥満、心血管疾患、がんのリスクを減らすことができます36

長年継承されてきた持続可能な食文化、そして食糧生産に関わる人たちをリスペクトし、私たちの健康と、地球環境にとってwin-winの関係を作り出すことを、一人ひとりが考えないといけないのかもしれません。

最後に

アマゾンの先住民族の人たちに、新型コロナウイルスワクチンが届くことによって、彼(女)らの生活が向上し、その結果として違法な森林伐採が抑制される。

この取り組みを応援するために、まずは私たちの健康、フードシステムと地球環境にはつながりがあること(Fig 5)を理解することから始めてみてはいかがでしょうか。


Fig 5. 「風が吹けば桶屋が儲かる」の説明図(筆者作図)

市民、行政、民間がフードロスに気を付け、一人ひとりが野菜やタンパク質などバランスの良い食生活を心掛けることで、アマゾンでの森林破壊の原因を少しでも小さくできるのかもしれません。

今回は、先進国に食糧を供給するために、低中所得国の資源が失われていることを紹介しました。これを食糧ではなく、新型コロナワクチンの供給という話に置き換えたとき、話はどうなるのでしょうか。今後は、先進国と低中所得国におけるワクチンの供給格差も考えていきたいと思います。

(清原 宏之)

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