第6回ブックガイド 外国人労働者問題を考える

ブックガイド
  • 安田浩一『ルポ差別と貧困の外国人労働者』光文社新書2010
  • 安田浩一『外国人研修生殺人事件』七つ森書館 2007

安田浩一氏は労働問題などを得意とするベテランのジャーナリストで、2006年の木更津事件(中国人研修生が受け入れ団体の責任者を殺害)以降、外国人労働者問題を積極的に取材し、最近では『団地と移民』(角川書店2019)を出版するなど、一貫して外国人労働者雇用の問題点を告発し続けている。

まず①のルポは、やや古くなってしまったが2000年代に外国人労働者が置かれていた不条理な事例を報告し、制度的な問題点を指摘している。20世紀末から21世紀初めにかけては、戦後から存在していた「研修生」制度が活用されており、とりわけ中国から送り出されてくる人々に様々な制度的矛盾が凝縮していたのである。現在では技能実習生の待遇が問題になることが多いが、その前史として外国人研修生問題を踏まえておくことは、外国人労働者問題の歴史的な根深さを理解するためにも役に立つ。

本書は二部構成になっており、第一部は中国からの研修生、第二部は日系ブラジル人のルポが柱となっている。第一部は、中国での送り出し機関が「日中ビジネス」として成立していることを示し(第一章)、「木更津事件」を掘り起こし(第二章)、研修制度が内在する人身売買的な側面を整理し(第三章)、問題を封じこめるための「強制帰国」をめぐるトラブルの事例を提示(第四章)し、研修生に降りかかるセクハラや劣悪な住環境についても言及する(第五章)、さらに送り出し機関の側もこうした労働環境を黙認する場合があることを示す(第六章)。そして、研修生問題を取材する筆者が受け入れ団体や受け入れ企業から誹謗中傷を受け取材を妨害される構造についても告発している。

②は、さらに時間をさかのぼった2006年の「木更津事件」のルポである。中国東北部から家族経営の養豚農家に「農業研修生」とし来日した中国人が、労働環境への不満から受け入れブローカーの日本人を殺害、自分も自殺を試みるが失敗して収監された事件である。著者は養豚農家の経営者、受け入れブローカー、さらにはハルビンの送り出し機関、現地の行政にも足を運び、この事件の背景を解き明かしていく(第一章)。第二章では今日の技能実習制度の柱の一つである「団体監理型」の受け入れ方法の原型を作った「日中技能者交流センター(1986年設立)」が、親中国派の労働界の大物たちによって設立されたという一見奇妙な事実を指摘する。さらに技能実習制度の確立とともに設立された国際研修協力機構(JITCO・1991年設立、2012年に国際人材協力機構に改称)の役員が関連官庁や受け入れ企業側の人々で構成されていること、また受け入れ企業からの手数料で収益を上げるビジネスモデルになっていることに疑問を提示している。加えて、岐阜や青森の縫製工場で働く中国人実習生を訪れ、劣悪な労働環境・人権侵害を聞き取っている。

ここで聞き取られている「非人道的な事象」が10年以上たった今でも繰り返し報道されている、というのは驚きである。違いは主役が中国人からベトナム人に変わったことだけである。そして、これらの受け入れ企業の大半は自分たちが「外国人労働者」を安価に雇用することの何が問題であるのかをほとんど理解していない、という事実が問題の根深さを浮き彫りにしている。①の最後に、研修生を受け入れる企業の経営者が「なんでガイジンが日本人と同じ給料を要求するのか、理解に苦しむ」という発言が紹介されている。これは、現在でもほとんどの日本の中小企業経営者の「標準的思考」なのであろう。人手不足に悩んでいた②の養豚農家も、「パート感覚で雇えば良い」という受け入れブローカーの言葉を信じて初めて外国人を雇用したという。

木更津事件以降も、2009年に熊本の農家で働いていた中国人研修生が雇用農家の夫妻を殺害して自らも自殺した事例、2013年に広島県江田島のカキ養殖加工会社で、中国人の技能実習生により同工場の日本人経営者を含めた社員8人が殺傷された事件などが起きている。こうした事件が起こるたびに、それなりの制度修正は行われている。しかし、問題は水面上に顔を出す制度の良しあしだけではなく、水面下の「日本人の外国人観」にあることを筆者は指摘しているように思う。

佐藤寛(2021/8/22)

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