第7回ブックガイド 日本に生きる外国人の知られざる日常を知る

ブックガイド
  • ①室橋裕和『日本の異国~在日外国人の知られざる日常』晶文社 光文社新書2019
  • ②室橋裕和『ルポ新大久保~移民最前線都市を歩く』辰巳出版 2020

室橋裕和氏は、バンコクに住んで東南アジア在住日本人向けの情報誌発行に携わった経歴を持つ。その時に実体験した「外国人として生きる」感覚を参照軸に、日本に生きる外国人を取材する彼は、在日外国人問題を追いかける他のジャーナリストに比べるとそのトーンが明るい。もちろん、制度的な問題点や、日本人との軋轢に目をつぶっているわけではないが、生活者としての視点から日本に生きる外国人を眺める視線は貴重である。

足で稼いだ①では、東京近郊の15の「まち」を取り上げ(都内は竹ノ塚、代々木上原、西葛西、高田馬場、池袋、練馬、茗荷谷、八王子、新大久保、埼玉県は八潮、蕨、川口、神奈川は大和、千葉は成田、静岡は御殿場)、なぜ特定の国籍の人がその場所に集まっているのかを解き明かし、そこでの彼らの日常生活の断面を活写する。異国に生きる人たちは、同胞どうし助け合う必要から集住する傾向にあるし、生きていくためには何らかの「仕事」をしなければならない。竹ノ塚では、それがフィリピンパブだし、八潮ではパキスタン人による中古車販売である。大和市の団地にベトナム・ラオス・カンボジア人がいるのは1980年代、インドシナ難民受け入れ時代の定住促進センターにその起源がある。この意味で、日本の中の異国発生はつい最近の出来事ばかりではないのである。

西葛西のインド人や、高田馬場のミャンマー人、蕨のクルド人はしばしばマスコミでも取り上げられるようになったが、茗荷谷にシーク教徒寺院があることはあまり知られていない。同様に、異国に住む人にとっての宗教の役割を再認識させてくれるのは、八王子と成田のタイの仏教寺院や、代々木上原の「東京ジャーミー(モスク)」の話である。

住み込み取材の②は、①でも取り上げられている「移民最前線都市」新大久保に特化している。在日外国人の中でも歴史のある朝鮮半島出身者が住んでいて、その後の「韓流ブーム」で「コリアンタウン」として知られるようになった新大久保の歴史を紐解きながら、コロナ禍直前の多民族混在の町を歩き回る。ネパール人の経営する食材店で買い物をし、新宿との境界の「職安通り」のドン・キホーテで外国人観察をし、ベトナム人のガールズバーに通い、もちろん新大久保の駅近くの「イスラム横丁」で買い物もする。表紙カバーに写っているのが24時間営業の「新宿八百屋」と向かいのハラル食材店「ナスコ」である。

新大久保に外国人が集まるのは、こうした食材店だけでなく、宗教施設、母国語のフリーペーパーなどの「生活インフラ」が整っているからで、その中でも重要なのが「送金ビジネス」と、ビザなどの手続きの際に頼りになる「行政書士」、そして「家賃保証会社」である。

新宿区は都内でも外国人比率が一割以上と突出している区だが、その中でも大久保一丁目・二丁目は全人口の35%が外国人であるという(2020年7月現在)。このため、新宿区の多文化共生政策はかなり先進的であり、その拠点のひとつが新大久保ちかくの「多文化共生プラザ」である。ここでは、行政の通知の多言語版を配布するほか、日本語教室も積極的に開設しているという。また、大久保図書館には23言語の蔵書があるという。

そうした活気にあふれる新大久保で暮らすうちに、筆者は「若さにあふれる外国人、老いてゆく日本人」という対比に気づいていく。「ゴミ出し」は日本全国で、外国人と日本人のトラブルの元だが、新大久保も例外ではない。このため、新大久保にはベトナム人専用不動産会社があり、日本に慣れたベトナム人スタッフが、若いベトナム人に物件を斡旋すると同時に生活マナーも教えるのだそうだ(p.293)。これも重要な生活インフラサービスである。

そして、物件の日本人大家も、今や外国人に貸さないとやっていけない。「外国人にはいなくなってほしいけれど、それを声高に訴えるのも疲れた」という人もいる(p.196)。疲れたから、もう関わるのはよそう。多文化共生なんて、勝手にやってくれ…そんな「あきらめ」もまた感じる街なのだ(p.299)というのは、住んでみないと発見できない事象である。本書の帯にある「この街には日本の近未来がある!」には、こうした「いやおうなしの多文化共生」も含まれているのかもしれない。

佐藤寛(2021/8/30)

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