日本に住む難民の妊娠・出産支援から 難民問題を考える

外国人の日常生活を知ろう

妊娠・出産は、十人十色で多様です。女性が子供を産み、新しい家族の形を再構成していく、ダイナミックなライフイベントです。助産師は、女性やパートナーのこれまでの生活、つくりたい家族、なりたい未来に耳を傾けて、妊娠から出産までの期間に伴走する存在ですが、私も臨床にいた頃はそう願って働く助産師のひとりでした。

妊娠・出産は幸せな出来事ですが、一方でそうでないことも起こります。例えば、日本で難民の女性が妊娠・出産をすること、子育てしていくことはかなりの苦労が伴います。

カメルーンから難民として逃れてきたA子さん

助産師として働きはじめたころ、カメルーン出身の妊婦A子さんの妊婦健診の保健相談を担当しました。A子さんとは英語でコミュニケーションが可能で、妊娠経過や家族歴を聞く中で、母国から逃れてきた難民だったことがわかりました。国での様子を聞くと、言葉数が減るため、無理に聞くことはできませんでしたが、「神父さんに言われて1人で日本に来た」と話されました。カメルーンにも日本にも家族はおらず、日本で暮らすカメルーン人男性(日本人女性と結婚し在留資格がある)の支援を得て生活していることがわかりました。

医療・行政・NPOの連携による妊娠・出産支援

A子さんが妊婦健診のために来院するときは、いつも1人でした。

あるとき、「父親は誰か分からない。生まれてくる子の肌の色も白いか黒いかわからない。でも、はじめて血のつながった家族ができることがうれしいの。」と教えてくれました。もしかしたら、A子さんは生計を立てるために春を売っていたのかもしれません。私たちは、全力で彼女の「産む」という決断をサポートしたいと思いました。

まず、住まいや日常生活用品は、同国人男性が支援してくれているものの、出産費用はなかったので、病院の医療ソーシャルワーカー(MSW)[1]と連携し、入院助産制度[2]を申請することになりました。とはいえ、全額負担ではなかったので、交渉の結果、一部のお金を同国人男性が工面してくれることになりました。

それから、産後の生活を支援してくれる支援の数はなるべく多い方が良いので、パートナーや家族の支援をどれだけ受けられるか、地域を基盤とした産後の支援について確認しました。A子さんの場合、同国人の男性の支援しかなかったので、SWと保健師が連携し、認定NPO法人 難民支援協会(JAR) とつながり、A子さんは難民申請をすることになりました。そして、産後は、食料や赤ちゃんの衣服や紙おむつの提供といった生活支援が受けられることになりました。保健師さんとJARとの面談をもった後、A子さんは「そのうち日本でも働けるようになるみたい」とうれしそうに話してくれました。

A子さんの妊娠・出産経過は順調で、正期産で、無事にかわいいお子さんを出産しました。退院時は、カラフルな衣装で着飾り、とても幸せそうに帰っていきました。そして私も、安心して産む環境と産後すぐの環境を整えられたことに満足して、彼女を送り出しました。

彼女はいまどうしているのでしょうか?

あのころの私は、A子さんが日本におかれている状況を想像するのが難しく、長期的な視点でA子さんの人生を考えることはできませんでした。

2020年 日本における難民申請者は、新型コロナウイルス感染症による入国制限の影響で、2019年から大きく減少し 3,936人、認定者数は47人でしたが1、2019年の難民申請者は10,375人、認定者は44人でした2。難民申請が通る確率は1%にも満たない状況です。一般的な難民申請者の場合、難民申請後、一時的に就労許可、保険に入れるようになる期間がありますが、不許可になるとその時点でもっていた就労許可や在留資格、保険が失われてしまうことになります。

JARによれば、こうした状態の人は「平時から明日の生活を心配する状況であったのに、新型コロナウイルス感染症によってその困窮度が増してしまった。例えば、コロナ前には何かしら在留資格がある同国人の友人や周囲の日本人などに経済的に助けられていた難民も、助けていた方々自身がコロナによって余裕のない状況になってしまい、助けを得られにくくなってきている。また、大人数が集まるような無料医療相談会などをはじめ、各団体の支援活動が安全確保のために規模の縮小や、一部を中止せざるを得ない場合もあり、ますます資源が少なくなっている。「明日食べるものがない」という相談も何件も来ていて、それくらい現場は逼迫している。」ということでした。A子さんも同じような状況に置かれているかもしれません。

難民が生まれる背景には、政治体制、歴史、民族や宗教の対立、南北問題、貧困問題などさまざまな事柄が複雑に絡んでいます。今年8月にはアフガニスタンでタリバンが政権を掌握したことにより大人数の難民が発生しました。

紛争や人権侵害などから自分の命を守るためにやむを得ず母国を追われ、逃れた先での生活は、失った「あたりまえ」を取り戻すことから始まります。A子さんが望む「あたりまえ」の生活はなんだったのか。直接彼女に聞くことはできないけれど、関心を持ち続け、見えづらい部分を可視化してMINNAの活動として発信し、まずは周囲の保健医療従事者の関心を大きくしていくことから始めていきたいと思います。(神田未和)

 

[1] 医療ソーシャルワーカー(MSW):保健医療分野におけるソーシャルワーカー(社会福祉士)であり、保健医療機関において、社会福祉の立場から患者さんやその家族の方々の抱える経済的・心理的・社会的問題の解決、調整を援助し、社会復帰の促進を図る業務を行う。子供から老人まで、たくさんの人に必要とされる。
[2] 入院助産制度(出産費用の援助):保健上必要があるにもかかわらず、経済的に困窮しており、病院等施設における出産費用を負担できない方について、本人から申請があった場合に出産にかかる費用を公費で負担する制度 (児童福祉法第22条)

【参考文献・引用文献】

  1. 出入国在留管理庁. 令和2年における難民認定者数等について (令和3年3月31日)https://www.moj.go.jp/isa/publications/press/07_00003.html
  2. 出入国在留管理庁. 令和元年における難民認定者数等について(令和2年3月27日) https://www.moj.go.jp/isa/publications/press/nyuukokukanri03_00004.html
  3. 日本にいる難民の Q&A ー 難民から見える世界と私たち ー https://www.refugee.or.jp/jar/postfile/QA.pdf

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました