新型コロナ感染症流行下で、各地の国際交流協会はそれぞれに工夫を凝らして外国人の新型コロナに関わる不安の相談、医療アクセス支援などを行っている。とはいえ、国際交流協会や外国人ワンストップセンターが、本来期待されるほどにはその機能を果たせていないのではないか、という声は少なくない。
それには、いくつか理由がある。第一に、外国人住民は地元に「国際交流協会」「外国人相談ワンストップセンター」があることを知らない。第二に、国際交流協会は行政の「国際課」の管轄であることが多いため、必ずしも十分な医療知識は有しておらず、コロナ関連の相談を受けても答えられない。第三に、国際交流協会から保健所に問い合わせをしても、保健所は日本人の対応で手いっぱいで通訳などの手間がかかる外国人への対応は後回しになりがちである。現に、各地の国際交流協会では、コロナ関連の外国人からの問い合わせは「ほとんどない」という所も少なくないようだ。つまり「素通り」されているのである。
佐賀県国際交流協会(SPIRA:スパイラ)は、そのような中で例外的に「フル稼働」している。それはなぜなのか。同協会理事長の黒岩春地氏にお話を聞く機会があった。
感染症対策専用電話相談回線の確保
佐賀県は、県として多文化共生に前向きであり、国際協力NGOなどを誘致したりしてきた実績もある。そのような基礎の上にコロナ危機がやってきた。外国人がPCR検査を受けたいとか、感染したようだという時に日本人と同様に保健所に相談することは理論上できる。そして県内の保健所には一応電話通訳(必要に応じて通訳を入れた三者会話をすることができる制度)は導入されていた。
しかし、黒岩氏は、この仕組みは機能しないだろうと予測した。そこで、県庁に「コロナ受診相談センター」の電話回線を確保してもらい、20言語対応の準備をし、看護師・保健師が通訳と共に相談に乗る体制を作り、「ここがクッションになって、保健所などの医療機関につなぐことにした」という。直接外国人が保健所に電話をしてもパンクするだけだからである。実際他の都道府県では、外国人が保健所で門前払いを受けるケースが頻発していたのである。
また、ワクチン対応では県のコロナ対策室と協調してコロナ多言語通訳相談とワクチン相談の二回線を県庁に、ワクチン予約と医療・保健受診時通訳の二回線をスパイラに、計四本の専用電話を開設した。ポイントはこの四本をスパイラが調整していたことである。縦割りでバラバラに相談電話を開設したのではない。
どの県でもこのように的確な体制を整えられるわけではない。スパイラにこれが出来たのは、黒岩氏は県でいくつもの部長職を歴任した県職員OBだったからで、コロナ対策室の長はかつての同僚であったという。それゆえに密接な情報共有と迅速な対応が可能だったのである。
ワクチン接種指差しシート「佐賀版」
他県の国際交流協会とスパイラの最大の違いは「先回り」である。ワクチン接種についてもその特色がいかんなく発揮された。外国人も受けることになる県内の集団接種会場での接種を最初に経験したのは、年齢順なので黒岩氏であった。そこで黒岩氏はこれから接種することになる外国人のために、自身の「接種フロー」を逐一メモした。入り口から入って、どこで止まるのか、名前を聞かれ、接種券を提示し、利き腕がどちらかを聞かれ、アルコール消毒され、「注射の痕を揉まないでください」と言われ…。これをすべて記録してやさしい日本語になおし、それをベトナム語、インドネシア語、ネパール語に訳して、オリジナルの「ワクチン接種指差しシート」を作ったのである。これは、出来栄えが良いのでいくつかの他県の国際交流協会でも活用されている。
県内の自治体から、集団接種に外国人が来る時(技能実習生がまとめて来るなど)には、スパイラは応援を頼まれることもあるが、その際、各国語の指差しシートを見せながら説明することで、スムースな接種を可能にした。また、問診票も厚労省が作成した翻訳版はあるが、必ずしも正確ではないことに気づきインドネシア語については、いつも手伝ってもらっているスパイラのボランティアと共に「佐賀版」問診票を作成したという。また、接種会場で母語を使って問診票をチェックすると、会社でよくわからずに記入してきた問診票に間違いがあることも発見できた。
技能実習生のワクチン接種
佐賀県内には、一定数の技能実習生がおり、中小企業や農家で働いている。これら雇用主や監理団体の中には、技能実習生にワクチン接種を受けさせることに消極的なところもある。なぜならば、ワクチン接種のためには、二回接種すれば少なくとも二日は休ませなければならず、その分の作業が滞るからである。黒岩氏は、技能実習機構の九州支部に対して「技能実習生の雇用者にワクチンはなるべく打たせるよう通知すべき」と要請していたが、なかなか実現しなかった。しかし、閣議で接種を積極的に進める旨が表明されたことを受け、県からすべての雇用主に対して「ワクチン接種には積極的に対応するよう」要請し、問い合わせ先をスパイラとする文書を出すことができたという。黒岩氏は、技能実習生同士の横のつながりはないので、接種したい人がいても誰かが声を上げないと、ワクチン接種希望が握りつぶされることを危惧したのだという。
外国人の身になった案内
コロナ下での一時給付金にしてもワクチン接種にしても、行政文書は日本人を前提としている。このため、本人確認書類には「保険証」「運転免許証」が明記されているが、外国人がこれを持っているとは限らないので、このまま翻訳しても意味がない。ここは「在留カード」と訳すべき、というのが黒岩氏の意見である。慧眼である。
日本語を読むことができない外国人にとっては、市町村からのお知らせと広告のダイレクトメールを区別することは難しい。このため、せっかく接種券が届いても気が付かないケースは多い。そこで、スパイラは県内20市町村すべての自治体の接種券送付封筒を入手して写真に撮り、その画像をホームぺ―ジに掲載、「この封筒が来たら捨てないで。ワクチンの接種券です」という広報をしている。全市町村のアドレス、電話番号も一覧表にしてホームページに記載している。
行政の下請けでなく
こうしたきめ細やかな活動ができるのは、スパイラのスタッフに意欲の高い人が集まっているからだが、それを可能にしたのはスタッフの待遇改善で、給与水準の見直し、雇用条件見直し(有期嘱託から常勤へ)なども行っている。またスパイラは公益財団法人なので、理事会を設置しそこには県内のマスコミ、市町村会代表なども名を連ねており、独自の判断を行うことができる体制を整えている。ほとんどの国際交流協会は人事も予算も県・市が握っているので、ややもすると「下請け」になりがちだが外国人と直接接する最前線でなければわからない状況判断もある。
2021年1月、県内の高校の一斉模擬試験の英語の問題にイスラム教徒に対する偏見を助長しかねない設問があり、マスコミで批判された。
これを見て、スパイラは市民に正しいイスラム理解の機会が必要と考え、イスラム文化セミナーを企画したが、県庁はセンシティブな問題なので実施に消極的であった。しかし、黒岩氏は「テレビ局、新聞社も入っている理事会を説得できない」と主張して同セミナーを三回実施することができたという。
佐賀方式はモデルになるか
スパイラの積極的な活動は、確かに黒岩理事長という意欲的な人がいて可能になっている部分はあるが、他県の交流協会でもまねできないとは限らない。多くの県・市の国際交流協会の理事長、事務局長、専務理事などは県職員・市職員OBが任命されることが多いことは佐賀と同様である。したがって「天下り」が一概に悪いとは言えない。むしろ、ノウハウを身につけたスタッフの育成、そのための雇用条件の改善などは真似できる部分である。
また、市民社会、民間企業との連携などによって行政からの一定の自立性を保ちつつ、コロナのような非常時には行政と密接な連携を図りつつ外国人ユーザーのニーズを先取りする形で支援方法を多彩に考案していくことは、不可能ではない。
コロナ後も見据えた「多文化共生」の推進に向けて、全国の国際交流協会の一層の進化を期待したい。
(佐藤寛)
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