東川町の実験
北海道東川町は、日本で初めて公立日本語学校を設置し、外国人住民の誘致による地元活性化に取り組んでいる自治体である。町立日本語学校は小学校の旧校舎を利用して2015年に設置されたが、それ以前の2009年から町の事業として海外からの留学生を対象に「短期日本語研修事業」を開始していた。また東川町は都会からのIターン人口を増やすための移住促進制度を実施したり(現在の人口は約8400人。30年前は7000人を割り込んでいた)、ふるさと納税制度を活用した「東川株主制度」を創設したり、全国の高校生を対象とした「写真甲子園」(1994年開始)を企画して、街の風景を撮影してもらったりと、「よそ者」が町に紛れ込むことに、町民が徐々に慣らされてきた、という歴史を持っている。また1980年代から海外の都市との交流事業にも力を入れてきた。
この東川町で学ぶ外国人留学生の日常を描いたのがHBC北海道放送が作成したドキュメンタリー『ベトナムのカミさん』(2019年制作)である。ディレクターの構二葵(かまい・ふき)さんにお話を聞く機会を得た。
町民の温かい視線
このドキュメンタリー取材のきっかけは、東川町が留学生への奨学金制度を開始するという地元紙の記事だったという。町にある専門学校からベトナムからの留学生、カミさんを紹介され、HBCは2018年に彼女の密着取材を開始した。コロナ前に東川町には約300人の留学生がおり(町立日本語学校と、私立の専門学校)町の人口の4%を占めていた。そして留学生たちは、町の宝として町民に受け入れられていたという。構さんは、留学生に対して反発心をもつ人もいるのではないかと思っていたが、取材をしてみると「挨拶もするし、明るいし、いい子達だ」というポジティブな感想ばかりが出てきた。当初は、ゴミ出しのルールを守らないことへの不満や、自分たちが分からない言語で話している人たちがたくさんいることへの抵抗感があったそうだが、少なくとも2018年の取材時には、排他的な感情を持っている人はいないと感じたという。
ポジティブな発言の背景には、町民の数に応じて国からの交付金が来るので、外国人町民が増えることは町の財政にプラスとなることがある。増えた交付金はバスで使える交通チケットなどの形で還元されるので、町民は利益を受けることになる。また、留学生への奨学金の一部は町で使える地域通貨の形で配分されるので、お金が町内で循環する仕組みになっている。町長によれば、当初は反発もあったが、こうした恩恵を説明することで数年かけて町民に納得してもらえるようになったのだという。
町民の冷たい視線
ところが、「ベトナムのカミさん」の取材中に、技能実習生を雇用していた東川町の青果会社が、契約期間中なのに一斉に実習生を不当解雇するという事件が発生した。解雇されたのがカミさんと同世代のベトナム人女性だったことから、構さんは並行してこちらの取材も開始した。すると、技能実習生に対しては、町民から「ものが盗まれるのではないか」などと負の感情が表出されたのである。この事実を前にして、同じベトナムから来た留学生と実習生なのに、在留資格や来日の背景が違うだけで、なぜこんなに扱いが違うのか、それが気になり始めたのだという。
ただ、この町民感情の違いには、取材方法の違いも反映されている可能性もある。留学生について聞くときはカメラを構えて取材したために、町民はかしこまった回答をしたが、技能実習生についての話を聞くときはカメラを帯同していなかったので思わず本音を話したのかもしれないと、構さんは考えている。
本音を抑制する仕組み
構さんが、町民の間に外国人に対する「ネガティブ感情があるのでは」と想定していたのはジャーナリストとして当然である。しかし、留学生に関して取材している時にはそれが表明されず、技能実習生に対しては赤裸々に出てきたという事実をどう考えるべきだろうか。
私は、以下のような解釈ができるのではないかと思う。それは、町の人の中に外国人に対して排他的な本音はあるが、その本音を抑制する仕組みが機能しているので留学生に対しては表出されない、というものである。抑制する仕組みとは、町をあげての留学生受け入れ施策の共有であり、それがポジティブなことだという広報努力である。これによって、町民の間にはネガティブな発言を抑制する力が働くのではないか。他方で、技能実習生に対しては、町としての取り組みはないので、町民が排他的な本音を出すことを抑制することができない。
つまり、町の人が外国人を本当はどう思っているかにかかわらず、肯定的な情報が流布していれば、否定的な発言は表出されにくい。ネガティブなことを言ってしまう傾向にある人でも、自治体の施策がある程度進んでいくと「仕方ないが、受け入れるしかないんだな」という諦めが出てくる可能性はある。つまり、ネガティブ感情が表出する閾値(しきいち)=ハードルが上がるのではないだろうか。
町民一人ひとりの心の中には、ネガティブ感情と同時にポジティブな感情もないわけではない、そのバランスをポジティブな方に傾けるのは自治体の施策ではないだろうか。そして建前的にポジティブなことを言い続けているうちに、自分も本当にそう思うようになっていく自己暗示のメカニズムも働くかもしれない。つまり、自治体の施策は人の心をほぐすまではいかないとしても、ネガティブなことを言いにくくする環境はつくれるのではないだろうか。
だとすると、技能実習生についても、排他的な本音を抑制する仕組みさえあれば、町民が彼らを受け入れるようになる可能性はあるということになる。
ジャーナリズムの大学院へ
構さんが制作した「ベトナムのカミさん」は、日本各地の放送局/東南アジアで制作された「多文化共生」に関連するドキュメンタリー・セレクションである国際交流基金のDocCross Asia SELECTIONに選定されるなど、高く評価された。
しかし、構さんはこの番組の撮影を契機に在日外国人問題をさらに追いかける決意をしてHBCを退職し、2021年4月から早稲田大学の修士課程に進学した。それは取材時に感じた、在留資格や来日の背景が違うだけで、こんなに扱いが違うのか、という疑問をもっと深めたいと思ったからだという。現在ジャーナリズムを専攻する学科で、「日本で暮らす外国人」というテーマを追いかけ、YouTubeを用いた取材活動を続けている。仮放免の人や入管施設に収容されている人たちの取材をしているが、それは在留資格の違いを理由に受ける不利益の最も極端な例が収容・仮放免ではないか、と思うからだという。
大学院卒業後のビジョンはまだはっきりしていないようだ。すべての都道府県には外国人を巡る課題があり、そうしたテーマを日本各地で取材し、ドキュメンタリーとして作り上げていく「請負人」のような仕事を構さんがしてくれないかと、私は期待している。一年契約で地方局に乗り込んで、五年で五本の「ベトナムのカミさん」のようなドキュメンタリーを作成すれば、「日本に住む外国人」を巡るテーマで様々な議論を巻き起こすことができ、日本のジャーナリズムに大きなインパクトを与えることができるのではないだろうか。構さんの今後の活躍に期待したい。
佐藤寛
参考文献
玉村雅敏・小島敏明編『東川スタイル』産学社2016
写真文化都市「写真の町」東川町編『東川町ものがたり』新評論2016
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